豊作の歌

201010_09.jpg


歌は世につれ、世は歌につれ。

今も昔も歌は人々の生活の中に根ざし、その時々の森羅万象が詰まっています。
中でも地域に根ざして民衆に歌い継がれてきた民謡は創作者が問われず、みんなの「共有財産」のように口ずさまれてきました。


民謡は祭礼や宴席、芸能の場面でも歌われてきましたが、一番親しまれてきたのは仕事歌でしょう。
もちろん、稲作の場面でもたくさんの歌が歌われてきました。


歌はよいもの仕事が出来る話しや悪いのも手をとめる


武庫郡で歌われてきた民謡ですが、この歌からも仕事歌は作業の能率を高め、疲れや退屈を紛らわせる手段として歌われてきたことがわかります。
兵庫県内各地の民謡は、大正10年頃に兵庫県農務課が採録した貴重な資料の一部を、当時の兵庫県民俗研究会が整理して昭和9年に発行した『兵庫懸民族資料 第12輯』に掲載されています。


今年もいよいよ稲刈りシーズンを迎えました。
豊作は農民の願い。農作業の場面で歌われてきた民謡の多くは米作りに関するものでした。

農村では多種多様な豊作の歌を歌ってきましたが、そこにはさまざまな背景が見え隠れします。


武庫郡を例に考察してみましょう。


今年しや豊作良くも悪いとも目出度(めでた)や国繁盛
今年や豊作又のちのちも同じ事やと思うなよ
今年や豊作みのりがようて俵眺めてえびす顔


「えびす顔」は西宮神社に近い土地柄からなのでしょうか。
「国」を意識したところに中央集権化する世相が垣間見え、油断を戒める厳しい姿勢で米作りに臨む姿勢も伺えます。
 

県内各地で同じような豊作の歌が歌われてきましたが、その一つひとつを見ると微妙な違いがあり、地域性が伺えます。
特に「今年や豊作穂に…」ではじまる歌は、地域により少しずつ違います。


今年しや豊作穂に穂が咲いて道の小草に米がなる(川辺郡)
今年や豊作穂に穂が咲いて畦の小草も米がなる(明石郡)
今年や豊作穂に穂がさがる畦の小草に花が咲く(美嚢郡・加西郡)
今年や豊作穂に穂が下がる畦の草にも米さがる(加東郡)
今年豊作穂に穂が咲いて畦の小草に銭がなる(印南郡)
今年や豊作穂に穂が咲いて畔の小草に銭がなる(飾磨郡)
今年や豊作穂に穂が咲いて道の小草に米がなる(揖保郡)
今年や豊作穂に穂が咲いて道の小草に金がなる(宍粟郡)
今日豊作穂に穂が下がる道の小笹に銭がなる(出石郡)
今年や世が良て穂に穂が咲いて道の小草に銭がなる(津名郡)
〔原文をそのまま転載〕


今年か今日か、小草か小笹か、道か畦か、花が咲くのかはたまた米がなるのか銭なのか金なのか?という差ができるのも、どこからともなくやって来た歌を自分たちのものとして歌い継ぐうちに変わっていって、自然に定着したものと考えられます。

それだけ民謡と米作りは生活の一部として、大きな文化の軸にあったといえるでしょう。



参考文献
兵庫県民俗研究会編『兵庫県民俗資料』国書刊行会
福田アジオ・新谷尚紀・湯川洋司・神田より子・中込睦子・渡邊欣雄編『日本民俗大辞典』 吉川弘文館


2010.10.22 Friday 収穫の秋の話題 00:00 comments(0)