おでんも能も狂言も、元をたどれば・・・?

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おでんの言葉の由来

寒い冬にはすっかりおなじみの国民的食べ物、おでん。
関西では、関東煮(かんとうだき)とも呼ばれ愛されています。


江戸時代に濃口醤油が発明され、江戸では醤油味の濃いだしで煮たおでんが作られるようになり、それが関西に伝わったことからこのように名付けられたと言います(中国・広東のごった煮「広東煮」に由来するという説もあります)。
さて、こんな風に関西でも大人気のおでん。
実はこのおでんという言葉が、田や米にまつわるものだということをご存知でしょうか。
おでんは「でんがく」から発展したと言われています。
江戸時代、宮中に使えた女官たちが隠語として「でんがく」をおでん(おでんがくの略)と呼び、将軍家に仕える女性から町家の女性に広がっていきました。

「でんがく」と聞けば、串にさしたコンニャクや豆腐を思い出しますが、文献に初めて登場するのは室町時代のことで、なかには山椒の若芽を味噌にすり込んでつけた「木の芽でんがく」などもありました。
 
さて、この「でんがく」の名前の由来を調べてみると、平安時代から行われていた伝統芸能の「田楽」からきているようです。
これは田植えのときに田の神を祭るために、笛や太鼓を鳴らして田の畦で歌い舞った田舞(たまい)が起源となっています。
田舞の曲芸を生業にする専門の田楽法師も存在し、この田楽法師が踊る様子と、串にさした豆腐が似ていることから「豆腐でんがく」と呼ばれるようになったといわれています。

田楽と日本伝統芸能との関係

日本の各地に残っている祭り的要素の強かった田楽が、一つの芸能として進化していった背景には、京の宮廷の貴族たちの力添えがありました。
田楽という楽しい踊りがあると知り、興味を示した貴族が都でその踊りを鑑賞し始めます。そして14世紀になると足利尊氏などの権力者はもちろん、地方の武将たちも田楽を後援するようになり、いっそう舞台は華やかになっていきます。
やがて、田楽を超え人気を集める芸能が台頭してきました。
それが今日の能や狂言のルーツとなる猿楽です。

そもそも猿楽は中国より伝わった雑芸のうち、物まねなどの滑稽芸を中心に発展していったと言われます。
そしてこの猿楽を能へと昇華させたのが、かの有名な観阿弥・世阿弥です。
観世一座は、物まね芸に田楽の優美な舞や当時流行した曲舞(くせまい)の音曲を取り入れ、エンターテインメント性の高い演劇を展開し、将軍家に愛され、さらなる発展を遂げて行ったのです。
ちなみに世阿弥の時代は、能と狂言は一つの上演で交互に演じられていました。
面をつけ舞踊的要素の強い能に対し、狂言は猿楽の持っていた物まねや道化的要素を発展させたもので、社会を風刺するような内容のものも多かったそうです。
 
日本が誇る伝統芸能も、身近な食べ物も、もとを辿れば田んぼに戻る。
田んぼから広がる日本の文化、意外で奥が深くて、おもしろいものです。


<参照・出典:「日本全国おでん物語」著・荒井由己 生活情報センター発行「能・文楽・歌舞伎」著・ドナルド・キーン 講談社学術文庫>

2010.11.19 Friday ごはん四方山話 00:00 comments(0)