米づくり:かかしは神の化身

 米づくり:かかしは神の化身

 田んぼにぽつんと立つ人影。時にユーモラスなかかしは田んぼや農村のシンボル的な親しみやすい存在です。
 かかしはもともと「嗅がし」を語源とする説が有力です。どんな目的で何を嗅がせるのかというと、焦げたにおい(イノシシの皮をいぶすなど)をはじめとす る悪臭を鳥獣に嗅がせ、その害を防いだようです。そのような臭いによる駆除法から意味が広がっていき、さまざまな鳥獣対策を指すようになりました。
 柳田国男によると、節分の前の夜にはヤイカガシまたはヤツカガシという行事があり、鰯の頭や髪の毛などを小さな串の先にはさんであぶり臭気を出し、さら に「隣の婆々が屁をひった」などという唱えごとをして鬼を追い払ったそうです。このような風習は淡路ではヤキザシといわれていましたが、岩手県ではこの行 事で使う串も、人形のかかしも、同じくヤツカガシという呼び名でした。その点からもかかしの語源が「嗅がし」にあることが伺えます。

 鳥獣対策にはこうした臭気を用いるもの以外に、自動的に音をたてる仕掛けも利用されていました。鳴子を張り巡らしたり、水の流れで音をたてたりと、さま ざまな仕掛けがあったようです。もちろん、人形のかかしもひとつの対策として講じられ、鳥形をナスやシュロで作って吊すなどのおどしも使用されました。

 しかし、それらの対策ではやはり限界があります。農業生産が重要視されるようになると、人々は番小屋を作って夜な夜な目を覚ましながら害獣を追うように なります。日中も風まかせで鳴子を鳴らせるだけでなく、時に縄をひいて追うようになります。そのことからも、半日もすれば鳥ですら人間でないことがわかる であろう人形のかかしが有効な鳥獣対策になり得たかというと、疑問をぬぐうことはできません。

 それでもかかしは田んぼに立ち、番をしています。なぜでしょう?

 柳田は、我々の祖先には単なる動物の生態や自然の法則以外に深く信頼し得るもの、つまり信仰があり、かかしの存在を「信仰の合理化または呪法が技芸と なっていく過程」と分析しています。はじめてこの鳥獣をおどす人形を立てた人は、これを自分たち人間の姿のように見せて相手を誤解させようという心持ちは なかった。形はどうであろうとこれは霊であって、人間に似た風貌で鳥獣を追い払うより、むしろ人間以上の力で田んぼを守護するものと信じられていた、と。

 そんな発想を解くヒントは、カカシアゲという行事にあります。信州ではカカシアゲといって、かかしを稲の収穫が終わった田んぼから迎えてきて、屋敷の片 隅の静かな場所や内庭に立てて臼を据え焼き餅を供えたり、庭先に立てて一斗升や箕を置いて大根や新米でついた餅を供えたりする風習がありました。そして長 いあいだ田んぼの番をしてくれたかかしは山の神となって山へ行き、山の安全を守ってくれるといわれています。

 つまりかかしは田んぼの守り神として、人々から敬われ、親しまれ、畏れられていたのです。国語辞典でかかしを引いてみると「何もできない人」という意味も付与されているようですが、これは失礼千万な話かもしれません。

 昨今、全国各地でかかしのコンテストなどのイベントがおこなわれています。田んぼを守る神様は、今やまちづくりにも引っ張りだこ。座る暇もないくらい忙しいようです。

参考文献
柳田国男『定本・柳田国男集』筑摩書房
福田アジオ、新谷尚紀、湯川洋司、神田より子、中込睦子、渡邊欣雄編『日本民俗大辞典』 吉川弘文館


2009.08.18 Tuesday 過去の記事 00:00 comments(0)