一塊のくろがねとなり鮭のぼる 菅原 閧也(すがわら ときや)

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旬の食材の中を採り上げ、歳時記を紐解きつつその魅力をお伝えしていくこのシリーズ、今月のテーマは、さけです。

食べやすく調理しやすいさけは、日本のみならず世界中で愛されている魚です。

さけはご存じの通り北方系の魚で、太平洋側は利根川、日本海側では山陰沖まで分布し、北海道から東北、新潟にかけてが主な産地です。

北海道では「秋味(あきあじ)」とよばれ、まさに初秋から初冬にかけての季節を代表する味覚で、秋の季語でもあります。


日本では基本的に単に「さけ」というとシロザケのことを指しますが、時にはギンザケ、ベニザケ、マスノスケ(キングサーモン)もさけに含めることも。

ちなみに、「ます」というとカラフトマスのことを指します。さけの仲間にはいろいろな種がいて、さけとますのボーダーラインも実は明瞭ではありません。


日本系のシロザケはふ化後約90日経った春になると雪解け水とともに海へ降り、沿岸で1〜3ヶ月過ごしその後沖合へ親潮上を移動します。

1歳の冬はカムチャッカ半島沖、2歳になるとベーリング海からアラスカへと長い旅に出て行き、やがて成熟すると故郷の川に帰って繁殖します。

さけの回帰には謎が多いのですが、故郷の川の土壌や植生のにおいによる「母川説」と同族魚の出すにおいをたどる「フェロモン説」が有力です。

秋にさけが大群となり川を遡上する様子は圧巻で、まさに表題の句の「一塊のくろがね」のよう。

このように海から川へと回遊するさけは海から陸上への物質循環の貴重な担い手でもあり、生態系にも大きな役割を果たしています。

遡上する群れの中では激しい生存競争がおこなわれ、雄は雌をめぐって争う際に相手を噛むために口や歯が発達し「鼻曲がり」となります。

この時期のさけは雄の方が美味とされ、「南部鼻曲がり鮭」は岩手の名産として知られています。

かつては体長1mを超えるものも少なくありませんでしたが、近年は人工ふ化により河川への回帰量が増えるにつれて小型化、現在は体長70cmくらいのサイズが多いようです。


さけの年間一人あたりの家計別消費(日本)をみると、平成10年からの10年間でいわしが半減しているのに対し、さけ(鮮魚)は8.8%の増加をみせて平成20年には987gにのぼり、魚種別でもいかの989gと僅差の2位。

塩さけと合算すれば1556gと圧倒的な消費量を誇ります。


さけは川に入る手前の沖合や大きな川を遡上しはじめのものが脂がのって美味。

さけの身はたんぱく質を豊富に含むほか、白身魚の成分と比較すると脂質やビタミンDをはじめビタミンA・B1・B2などの脂溶性ビタミンが多く含まれています。

色はまさにサーモンピンクですが、実は赤身魚ではありません。まぐろなど赤身魚の赤色は筋肉中の「ミオグロビン」という色素たんぱくによるものですが、さけの赤色は筋肉中に含まれるカロテノイド系色素「アスタキサンチン」によるもの。

もとはえびやかにに含まれる色素で、甲殻類のプランクトンを食べることで赤くなります。


新潟県の村上ではさまざまなさけ料理があり、内臓はもちろん、えらはタタキなどにして、骨までも煮込んで、ヒレ以外は全部食べてしまうそうです。

また、アイヌの人たちに「シペ」(=主たる食料)とよばれたさけは、彼らにとって欠かせないな食料でした。

それは北東北や山間部など稲作が困難な地域でも同様のことで、「さけ」+「ひえなどのでんぷん質」という食生活がそのような地域に生きる人々の糧となっていたのです。

また、かつて東北や北海道ではさけの皮を衣服や靴などに利用していました。



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さけはこのように人間との接点が多く深かったためか、ほかの魚に比べ多くの説話や儀礼、信仰などがあり、特に北日本ではさけが精神世界や文化にも深く根付います。


日本の基層文化を考えるとき、さけは北方文化の代表格のひとつと位置づけられるでしょう。




そのさけと稲作文化とが融合したごはんとの取り合わせは、日本文化の根底を考える上で興味深く、そしておいしいマッチングなのです。




参考文献
農林水産省編『平成21年度水産白書』農林統計協会
平宏和総監修『食品図鑑』女子栄養大学出版部
赤羽正春『ものと人間の文化史133- 鮭・鱒機挧\大学出版局

2010.10.29 Friday 収穫の秋の話題 00:00 comments(0)

稲刈りからお米まで

 201010_11_1.jpgあなたの家のご近所では、稲刈りは終わったでしょうか?

収穫の時期を迎えた田んぼは金色のじゅうたんのようですが、豊かに実った稲穂はまさにわたしたちの生命を支える黄金の猯鉢瓩任后

ところで、稲刈りが済めば米づくりは終了というわけではありません。

私たちの口に入る爐米瓩箸覆襪泙任砲蓮△修里△箸發気泙兇泙淵好謄奪廚必要です。

目的や志向によりさまざまな流れがありますが、今回は全国の一般的な農家で広くおこなわれているスタンダードな例を紹介します。


201010_11_2.jpg稲刈りは主にコンバインでおこないます。

コンバインは稲を刈り取るだけでなく、稲の穂からもみを取る脱穀の作業も同時におこないます。

脱穀されたもみは袋やタンクに貯められ、田んぼから次の工程、乾燥の作業をおこなう場所へと搬送されます。








201010_11_3.jpg稲刈り直後の乾燥は欠かせない作業です。

刈り取られたばかりのもみは20%以上の水分を含んでいますが、これを15%前後までおとしておかないと、積んだときに発酵して熱を出し、最後には腐ってしまいます。

乾燥は現在でも乾燥機を使用することが多く、通常半日から1日かかります。

そのために農家で1日に稲刈りができる量は、乾燥機にもみが入る分量により左右されるのです。

乾燥はもみを熱風にさらしておこないますが、急におこなうと米粒にひびが入ってしまうのでゆっくりと乾燥させないといけません。

ひびが入ってしまうと後の作業で米粒が砕けたり、炊飯時に割れたりするので、商品価値が下がってしまいます。


201010_11_4.jpg乾燥が終了すると、もみすり機でもみ殻を取り除き、玄米にします。

この段階の前後で、選別装置により商品となるお米とくず米に分類されます。

くず米は加工用・飼料用などとして需要があり、専門業者が購入します。


商品となるお米は30kgずつ規定の米袋に入れられて出荷されます。

多くの場合はJA(農協)を通じておこなわれ、品質のチェックによりランクがつけられ、その等級に応じた価格で取引されていきます。


小規模農家や兼業農家など乾燥機を持たない農家では、収穫したもみをカントリーエレベーターと呼ばれる乾燥、もみすり、袋詰めなどを行う施設に持っていき、作業を委託します。


そして、大切なのは保管。

お米の獲れる時期は主に秋ですが、翌年の夏までおいしく食べられるようにするためには温度管理が重要で、冷暗所に保管されます。

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近年では天日干しのお米が注目されていますが、これはコンバインと違い脱穀装置のついていないバインダー(稲刈り機)や手刈りで稲刈りをおこなった稲をそのまま稲架(はさ)にかけて天日で乾燥させたものです。

ゆっくり乾燥するので米が痛むことなく、干されていても稲がまだ生きている間はもみに養分が蓄えられようとするので、米が若干太ります。

また、藁がとれこちらも商品になります。一方で一般的な稲刈りと比べて10倍以上の時間と手間がかかり、まだ水分の残っている稲を稲架にかける作業はかなりの重労働です。


農家では出荷が済んでも翌年の収穫のために田んぼの管理は続きます。

米づくりの作業は、一年中継続しているといってもいいでしょう。



参考文献
有坪民雄『<イラスト図解>コメのすべて』日本実業出版社

2010.10.27 Wednesday 収穫の秋の話題 00:00 comments(0)

収穫を神に感謝 新嘗祭(にいなめさい)

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秋は実りの季節。

今でこそ技術が発展し安定した稲作が可能となりましたが、古代ともなれば人知では計り知れない自然の影響を大いに受ける米づくりは「神頼み」の連続でもあったことでしょう。

それだけに収穫の喜びは格別で、神への感謝も畏敬も今以上のものだったに違いありませんが、どのように神へ感謝の意を捧げたのでしょうか。


新嘗祭とは、収穫を祝い新米や新米でつくったお酒などを神に供え、神とともに食するという祭儀です。
その年の豊作を祈願する祈年祭(としごいのまつり)に対応し、秋におこなわれます。


神戸の生田神社でも毎年11月23日に大祭として新嘗祭がおこなわれ、神に新米、酒、塩、海の魚(鯛)、川の魚(鮎など)、山鳥(キジなど)、野菜、果物、乾物などを供えます。


新嘗祭の歴史は古く、『万葉集』などにも記述があり、古くから民間儀礼としておこなわれていたことがわかります。

当時の儀礼については、男性が村の広場に集って収穫を祝った、女性のみで祭儀をおこなったなど諸説あり、民俗学でもさまざまな議論がなされているようです。


新嘗祭は宮中祭祀でもおこなわれています。
もともと民間儀礼だったものが宮中に取り入れられ、飛鳥時代〜奈良時代の律令制の時代には天皇がおこなう最も大切な儀式のひとつとして定着し、現在も続いているのです。


律令制の頃は、旧暦で11月の下の卯の日とその前日(寅の日)と翌日(辰の日)の3日間おこなわれました。

また、畿内の主要な神社に祀られていた304座の神々へは、天皇から供え物が届きました。


1873年の新暦採用以降は11月23日が祭礼の日となっています。

天皇は夕刻に入浴し身を清められ、午後10時の夕御食(みけ)と午前2時の朝御食と続いて2度、自らの手で今年とれた新米の蒸飯や酒などを供えられ、神とともにお召し上がりになられます。


新嘗祭を基盤として天皇が即位した時におこなわれるのが、大嘗祭(だいじょうさい)です。


新嘗祭は「毎年の大嘗」、大嘗祭は「毎世の大嘗(まいせいのだいじょう)」といわれたように天皇一世一代の儀式で、かつては大嘗祭を済ませていない天皇は「半帝」といわれていたころからもその重要さがうかがえます。


新嘗祭は宮中のみならず、全国の神社でも重要な祭祀としておこなわれています。

伊勢神宮の最重要祭儀である神嘗祭(かんなめさい)も新嘗祭と関連が深く、20年に1度神殿を移す式年遷宮祭(しきねんせんぐうさい)は神嘗祭の大規模なものです。

この20年という年月は籾の保管が可能な期間でもあり、ここにも稲作との深い関係が伺えます。

このように供え物は日本人の食生活を支える食べ物であることがわかります。


いにしえから日本人は米、そして食べ物を大切にし、それをいただく感謝の念を大切にしてきました。飽食の時代と言われている現代、もう一度「感謝」という原点を見つめ直してみる必要があるかもしれません。



取材協力
生田神社 http://www.ikutajinja.or.jp/

参考文献
福田アジオ、新谷尚紀、湯川洋司、神田より子、中込睦子、渡邊欣雄編『日本民俗大辞典』 吉川弘文館

2010.10.25 Monday 収穫の秋の話題 00:00 comments(0)

豊作の歌

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歌は世につれ、世は歌につれ。

今も昔も歌は人々の生活の中に根ざし、その時々の森羅万象が詰まっています。
中でも地域に根ざして民衆に歌い継がれてきた民謡は創作者が問われず、みんなの「共有財産」のように口ずさまれてきました。


民謡は祭礼や宴席、芸能の場面でも歌われてきましたが、一番親しまれてきたのは仕事歌でしょう。
もちろん、稲作の場面でもたくさんの歌が歌われてきました。


歌はよいもの仕事が出来る話しや悪いのも手をとめる


武庫郡で歌われてきた民謡ですが、この歌からも仕事歌は作業の能率を高め、疲れや退屈を紛らわせる手段として歌われてきたことがわかります。
兵庫県内各地の民謡は、大正10年頃に兵庫県農務課が採録した貴重な資料の一部を、当時の兵庫県民俗研究会が整理して昭和9年に発行した『兵庫懸民族資料 第12輯』に掲載されています。


今年もいよいよ稲刈りシーズンを迎えました。
豊作は農民の願い。農作業の場面で歌われてきた民謡の多くは米作りに関するものでした。

農村では多種多様な豊作の歌を歌ってきましたが、そこにはさまざまな背景が見え隠れします。


武庫郡を例に考察してみましょう。


今年しや豊作良くも悪いとも目出度(めでた)や国繁盛
今年や豊作又のちのちも同じ事やと思うなよ
今年や豊作みのりがようて俵眺めてえびす顔


「えびす顔」は西宮神社に近い土地柄からなのでしょうか。
「国」を意識したところに中央集権化する世相が垣間見え、油断を戒める厳しい姿勢で米作りに臨む姿勢も伺えます。
 

県内各地で同じような豊作の歌が歌われてきましたが、その一つひとつを見ると微妙な違いがあり、地域性が伺えます。
特に「今年や豊作穂に…」ではじまる歌は、地域により少しずつ違います。


今年しや豊作穂に穂が咲いて道の小草に米がなる(川辺郡)
今年や豊作穂に穂が咲いて畦の小草も米がなる(明石郡)
今年や豊作穂に穂がさがる畦の小草に花が咲く(美嚢郡・加西郡)
今年や豊作穂に穂が下がる畦の草にも米さがる(加東郡)
今年豊作穂に穂が咲いて畦の小草に銭がなる(印南郡)
今年や豊作穂に穂が咲いて畔の小草に銭がなる(飾磨郡)
今年や豊作穂に穂が咲いて道の小草に米がなる(揖保郡)
今年や豊作穂に穂が咲いて道の小草に金がなる(宍粟郡)
今日豊作穂に穂が下がる道の小笹に銭がなる(出石郡)
今年や世が良て穂に穂が咲いて道の小草に銭がなる(津名郡)
〔原文をそのまま転載〕


今年か今日か、小草か小笹か、道か畦か、花が咲くのかはたまた米がなるのか銭なのか金なのか?という差ができるのも、どこからともなくやって来た歌を自分たちのものとして歌い継ぐうちに変わっていって、自然に定着したものと考えられます。

それだけ民謡と米作りは生活の一部として、大きな文化の軸にあったといえるでしょう。



参考文献
兵庫県民俗研究会編『兵庫県民俗資料』国書刊行会
福田アジオ・新谷尚紀・湯川洋司・神田より子・中込睦子・渡邊欣雄編『日本民俗大辞典』 吉川弘文館


2010.10.22 Friday 収穫の秋の話題 00:00 comments(0)
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